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キャリアカウンセラー河野志織のブログ

「ニンジン」ぶら下げて走らせるマネジメントはもう終わり

以前に

「残業しなければ評価しますよ」

は本当に解決になり得るのか?

と問いました。

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ニンジンをぶら下げるマネジメントは嫌い

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私、どうしても

「ニンジンをぶら下げて走らせる」

ようなマネジメントを

疑問を思ってしまうのです。

ニンジン=「評価」れなければできない仕事。

ニンジン=「評価」されなければでいないミッション。

それって、どうなんでしょう?

(ちなみに、ここでいう「評価」とは

ご褒美、インセンティブ、名誉、地位。

そんな意味合いでいっています)

 

私は営業組織を率いています。

当然、営業目標という数字は課せられます。

それは私だけではなく、

部下もみんな。

 

でも、私は

数字」のために働くのではなく、

お客様の満足のために働いている。

「きれいごと」と言われるかもしれないけれど、

でもやっぱり、

顧客に「ありがとう」と言われて

初めて「いい仕事した」と思う。

 

お客様の満足度の表れが数字

そう、数字は自分がお客様のために

何を提供できたのか?

そして提供したもので、

満足してもらえたのか?

その満足度の表れだと思っています。

 

だから

「評価をしてあげるから

 〇〇をしましょう!」

そう発破をかけることが

好きになれない。

それはマネジメントの怠慢だとすら思っています。

 

 

人は何のために頑張るのか?

「お客のために」

「社会のために」

「ミッション遂行のために」

 

そう思って行動している人は、

最終的には何を望んでいるのでしょう?

会社からの評価でしょうか?

いい給料をもらうことでしょうか?

 

そりゃあ、その気持ちもあると思います。

でも決してそれが一番の目的ではない。

きっと

 

「ありがとう」と言ってもらいたい。

「誰かの役にたちたい」

 

そんな思いからなのではないでしょうか?

 

もし、お客さまからは感謝されても、

会社や他人に評価されないとしたら、

その人はモチベーションが下がるのでしょうか。

 

 

人は他人に求められることで

 自分の存在価値を感じる

 

人は

「他人からよく思われたい」

「他人から評価されたい」

「他人から一目おかれたい」

そうやって他人の目を気にして生きています。

でも、本当はそんな他人の評価軸に

振り回されるのが嫌だ、という気持ちも

心のどこかである。

 

結局は自分が何を大切にしているか?

 

少なくとも私は、

会社や他人から評価されるために

生きているわけではないです。

評価などなくても、

「人様のお役にたてた」

と感じことができれば幸せ。

これ本心です。

  

人は本当に心から志すことがあれば、

自然とそれを行動に移すものだと思います。

「評価」などで人を動かせるものでは

本来はない。

私は考えています。

人が動くのは

自分が心から思うミッションを行動に移そうと

思うとき。

 

 

だから、

「〇〇あげるから、△△しなさい」

そういうのは辞めてほしい。

私もそういうマネジメントはしたくない。

こんなの人の自発性をつぶすことにもなりかねない。

そして悪くすると、

仕事が内向きなる。

他人の目を気にして行動をし、

本来、向くべきである

外側(相手)に目が向かなくなる。

 

それだけではない。

部下を馬鹿にしていることにもなる。

評価(褒美)のために

仕事をしている人ばかりではないから。

ニンジンなんてなくたって、

ちゃんと動きますから。

 

 最近、どうしても気になるんです。

部下の行動結果を指標で測り、

目標指標を達成したら評価する。

そんなやり方を。

 

今時の化学されたマネジメントでは

そうなりがちなのかもしれませんが、

私は

「人の自発的な気持ちを大切にした」

「人のやりたい気持ちを重視した」

「人のやる気を引き出した」

そんなマネジメントをしていきたいと

今でも思っています。